Challenging People挑戦する人たち

第1回/黒野 準(矢作産業株式会社 代表取締役社長)

8耐の話を聞いた第一声は
「え、バイク?」でした。

はじめまして。矢作産業株式会社、代表取締役社長の黒野 準です。

私が、弊社の長谷川から8耐の話を聞いたのは、2022年の秋のこと。
「鈴鹿市にあるバイクのチーム、Taira Promote Racingさんが8耐に初めて挑戦されるそうで、8時間耐久レース用バイクのガソリンタンクを作って欲しいとおっしゃっています」。

彼の言葉に、私が発した第一声は「え? 車じゃなくてバイク?」でした。

自動車業界が100年に一度の転換期を迎え、私たちも数年前から「新規事業」について真剣に考えてきました。
電気自動車への転換や、若者のクルマ離れ。この状況下で「矢作の技術力を活かし、クルマと平行してできる新事業」を模索してきたのです。

そんな中、新事業のスタートがまさかバイクになるとは!

しかし長谷川が語る、高校時代の同級生の磯貝氏(株式会社三陽・代表取締役)との再会や、Taira Promote Racingの鈴木孝志選手との出会い、何より「技術力を見込んで、矢作に依頼したいとのことです」という言葉に、即決断。

加えて、私たちがこれまでやってこなかった「SNS」を使ってのPRも非常に興味深く、今までアプローチしてこなかった経路や年代に、矢作のことを知ってもらえる好機になると確信し、この挑戦をスタートさせました。

 

鉄とアルミがこんなに違うとは…
矢作のベテラン職人も泣かせる難易度に愕然

こうして年明けから、ガソリンタンクの製作が始まりました。

当初職人は、タンクのサンプルを見て「大丈夫、イケます」と言っていましたが、やはり何もないところからの出発とは難しいことを、早速痛感します。

それは素材による難易度の高さ。
矢作がこのような形状の物を溶接するのに通常使うのは鉄ですが、今回は重さの問題から重量の軽いアルミ材料を使用します。
しかもガソリンタンクに使うアルミ材料は非常に薄い材料を使用する。
この薄さには、本当に泣かされました。
鉄とアルミの違いというよりも素材の厚さの違い。ここまで違う物なのかと改めて知る事となりました。

今回音頭を取ってくれたのは、弊社の井上。
皆は尊敬の気持ちを込めて、「井上先生」と呼んでいます。
トヨタ退職後、矢作に来てくださり「板金の神様」と称される職人。
2014年には東日本大震災で知られた、あの「奇跡の一本松」のレプリカ製作の際に、監修を担当し、データから型を起こした程の技術者です。

そこまでの技術を持つ井上先生ですら、何度泣いたことでしょう。
「失敗に失敗を重ね」と、言葉で書くのは簡単ですが、本当に毎日が失敗の連続でした。
「鉄だったらすぐに出来るのに…」。社員はみな思いました。
新しい挑戦というのは、実に大変です。
データを作った弊社の我孫子も、初めての試みで大変だったと思います。

何度も何度も何度も失敗を繰り返し、壁にぶち当たり、光が見えたと思った瞬間、また閉ざされる。それを気が遠くなるほど繰り返す日々。
諦めかけては気持ちを持ち直し、「自分たちならできる」と鼓舞し…。
作業が深夜まで及んだ日も、数えきれません。

しかし、神様は見捨てませんでした。
半年の歳月をかけて、ようやくガソリンタンクが完成したのです。

その瞬間、スタッフ全員が号泣……とドラマチックに語りたいところですが、すでに2個目のオーダーが来ており、さらに「もう1つ要ります!」との連絡が。
実際は喜ぶ暇もありませんでした(笑)。

 

度重なるアクシデントも乗り越え、
胸をなで下ろした壮行会

その後もトントン拍子とは行きませんでしたが、アルミの特性を身体が覚え、2個目、3個目のガソリンタンクの製作に向き合いました。

納品してからは、テスト走行や実際のレースでの使用を経て、都度ライダーから意見や感想を吸い上げます。
そして、さらに改良を積み重ねます。

いくつかのレースを経て、2023年7月10日、矢作産業の藤岡工場にて、壮行会が行われました。
職人たちはもちろん、弊社のスタッフ、主役でもあるTaira Promote Racingの皆さま、平プロモート 平社長・社員の皆さま、磯貝社長率いる三陽の方々、関係する企業様やスポンサーの方々など、お集まりいただいたのは100名以上。

まだ梅雨明け前で、天気が心配されましたが、皆さんの心がけのお陰か、壮行会がスタートした午後からは素晴らしい晴天に恵まれました。

最も印象に残ったのは、やはりライダーによる走行。ガソリン補充のスピードの速さには目を見張り、会場にもどよめきが走りました。

私もマシンに乗らせていただきましたが、言葉にできない感慨深さがありましたね…。

一番苦労をかけた職人さんはというと、こちらの集合写真を見ても「どこにいるんだろう?」と目をこらさないといけないほど、後方にいます。

本来なら先頭で映って欲しいところです。
でもやはり職人というのは、自分ではなく作品が仕事を語るものなのですね。
この時、職人魂にまた改めて触れたように思います。

こうして、全力で走り続けた8ヶ月。
お世話になった皆さん一人ひとりにお礼を言ってまわりたいほど、感謝の気持ちでいっぱいです。

8月6日の鈴鹿8時間耐久レース。
私たちの初めてのChallengeが始まり、そして終わります。

そしてまた、新たなChallengeYAHAGIがスタートします。